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まなざし

西田 仁

今日の心の糧イメージ

 私は1995年の夏に約1カ月間、東ティモールを訪れる機会がありました。当時、東ティモールはインドネシアから独立しようとしている状況でした。長い独立運動の中で、とても貧しく、人々は服装も本当に最低限の物を身につけていました。

 ある日、サッカーをしようと子供達が誘ってくれ、空き地に行ってみると、ボールはゴミをサッカーボールの大きさに丸めたもので、子供は皆裸足でした。

 日曜日になり、教会で御ミサに与りました。私はたいして服を持って行かなかった為、短パンにTシャツでした。教会に寝泊まりしていた私は一番乗りでした。

 しばらくすると、村の人達が教会へやって来ました。すると、大人の男性はスーツ、女性はドレスを着て、裸足で遊んでいた子供達の足には靴がありました。どこかから寄付されたものなのでしょう。サイズも、デザインも、お世辞にも合っているとは言い難いものでした。それでも、一番良い服を大事にとって置いて、週に1度、御ミサに与る日に着て教会へやって来るのです。なんだか自分の格好がとても恥ずかしくなりました。

 もちろん、旅行中であったので仕方なかったのですが、正直なところ普段から私は日本でも御ミサに与る時にそこまで気を使っていませんでした。とびっきりのお洋服を着せてもらった子供達が、教会の最前列で跪いて手を合わせて、十字架に張り付けられたイエズス様を見つめるまなざしが、私の脳裏に焼き付いています。

 理屈としては、祈る心があれば、服装など関係ないのかも知れません。それでも、神様を讃えるために精一杯の準備をして、イエズス様を見つめる子供達のまなざしに、純粋な信仰を見出さずにはいられませんでした。