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慎ましく

三宮 麻由子

今日の心の糧イメージ

 今回のテーマは、「貧しいものは幸い」というイエスの教えから発想されたかもしれません。イエスはこの言葉を通して、苦しむ人こそ神の心に留まると希望を与えています。(参 マタイ5・3)

 しかしまさかイエスは、人道的な権利を放棄して原始時代のような生活をしなさいとか、自分の考えや言うべきことを「わきまえて」押さえつけておとなしくしていなさい、と教えているわけではないでしょう。また、いくら神様が心に留めてくださるからといって、みんなして苦しい生活をしなさいと説いてもいないと思います。

 新型コロナウイルスの出現で世界の貧困問題が拡大し、日本でも、子どもの7人に1人は日々の食事に困る状況を含めた「相対的貧困」状態にあります。キリストが、人類全員でそんな風になれと教えているとは思えないのです。

 しかし、神様の御心に叶う生き方には、やはりある程度の自制が必要でしょう。それが「慎ましく」の意味ではないかと私は考えました。

 これを行動に移すには、人道上の必要や基本的な人権は満たしつつ、自分の時間をちょっとだけ「引き算」して人と分かち合う方法があるでしょう。

 寄付や慈善活動のように社会的に「見える」行動だけでなく、たとえば一人暮らしの友達にEメールを送ってあげる、病気の誰かに手紙を書く、遠くで悲しむ友達や家族のために祈るなどです。誰も見ていなくても、日常生活の中で毎日少しだけ人に時間を分けてあげるのです。

 この「引き算」を心がけるだけでも、私たちの心は一瞬なりとも謙虚になり、自分の立ち位置が見えてきます。あくまで一例で、できない日もあります。が、一度でも多くできたなら、神様はこの慎ましさを確かに見ていてくださるのではないでしょうか。