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まなざし

村田 佳代子

今日の心の糧イメージ

 此処に一冊の画集があります。タイトルは「巨匠たちのマリア」といい、イコンの聖母像や聖母子に始まり、受胎告知・御降誕と聖家族・エジプト逃避・奉献と割礼・聖母子・キリスト降架とピエタ・死と被昇天・戴冠、という順番で目次は続きます。170点の掲載作品は中世の修道院で描かれたイコンから15~6世紀のルネサンス時代を経て18世紀迄の美術史に残る代表的な巨匠たちの作品です。

 「おん子を礼拝」という作品に目が留まりました。赤ん坊のイエスに向かってひざまずき、手を合わせ祈っている母マリアのまなざしの不思議さが見所で、ルネサンス期のフィリッポ・リッピの作品です。

 一方、同時代のジョバンニ・ベッリーニを見比べてみました。「聖母子とギリシャ銘文」の幼子イエスは、物思いにふけるような寂しそうなまなざしを鑑賞者の私に向かって投げかけ、母マリアはそんな我が子の行く末を不安な思いで悲しむように、心配そうなまなざしをイエスに向けています。

 同じ聖母子でも「西洋梨の聖母子」では、母と子は互いに親しみ深い自然なまなざしで見つめあいます。そして「ピエタ」になると、聖母子2作の若いマリアの面影は残しながらも、年老いた聖母が絶命したイエスの顔に頬を寄せ、悲しみを抑え愛おしさを湛えたまなざしで、立ったまましっかりと我が子を抱きしめています。

 3通りの聖母のまなざしから、自然に聖書の物語が立ち上がります。名画の数々にため息をつきながらページをめくり「聖母の被昇天」に到達しました。17世紀の画家エル・グレコの作で 宙に浮き天を仰ぐ聖母のまなざしは力強く、見上げる群衆のまなざしが一斉に聖母に注がれ、鑑賞者にも共に喜びが沸き上がってくる名画です。