最近、稲垣栄洋さんの『生き物の死にざま』という本を読みました。
タコは、海に住む生きものの中では珍しく、子育てをするそうです。タコのオスがメスに求愛し受け入れられると、生涯でたった一度の交接を行い、儀式のあとオスは力尽き生涯を閉じます。残されたメスは、岩の隙間などに卵を産み、2匹の愛の結晶を命がけで守り続けます。長ければ10カ月もの間、タコのメスは食事もとらず、片時も卵から離れないといいます。危険に満ちた海の中では一瞬の油断も許されないからです。母ダコは卵を撫でては表面についた汚れをきれいに取り除き、新鮮な水を吹きかけます。そして次第に衰えながらも、わが子を狙う天敵が迫れば、母親は力を振り絞って巣穴を守ります。
ある日、ついに赤ちゃんが生まれてきます。もはや、母には足を動かす力も残っていません。子どもたちの誕生を見届けると、母ダコは安心したように横たわり、力尽きて死んでいきます。なんという愛の姿でしょうか。
ところで私は子どもの頃、両親が素晴らしい人間だとはあまり思えませんでした。ふたりはよく言い争いをしておりましたし、子どもの目から見ても子どものような言動をすることも時々あったからです。それでも私は存外あっけらかんとした父と母が大好きでした。そんな両親も悩みや痛みを抱えながら子どもたちを一生懸命守り育ててくれていたことが、近頃ようやく身に染みて感じられてきました。
神のように完全に愛せる親はいないかもしれません。しかし、すべての母親は、タコのお母さんと同じように、おなかの中で9カ月間に渡り子どもを守り続けるのです。
たとえ不完全な人間でも、傷つきながらも愛し続けるその姿は、いつくしみ深い神を彷彿とさせます。