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心のなごみ

竹内 修一 神父

今日の心の糧イメージ

 「和み」――この言葉は、自ずと私たちに、穏やかな気持ちを抱かせます。「和」は、様々な言葉へとつながります(柔和、和解、調和、和音...)。またある時は、日本そのものをも表します。たとえば、和風といえば、日本風・日本的といった意味になります。

 「平和」もまた、「和」によって生み出されます。アウグスティヌスは、こう語ります――「平和とは、秩序の静けさ(Tranquillitas ordinis)である。」確かに、「秩序」のあるところ、そこには必ず静けさがあります。自分の心の中で、家庭において、また世界において。ですから、真の平和を築くにあたって求められること、それは、まず自分の心の中に「秩序の静けさ」を育むことではないか、とそう思います。

 「あなたがたに平和があるように」――これは、イエスの願い。(ヨハネ20・19、21、26)

 しかし、平和の実現は、そう簡単ではありません。残念ながら、私たちは、個人のレベルでは喧嘩、国のレベルでは戦争を経験します。そのような時に求められること――それは、「赦し」。「赦し」とは、決して水に流すことではありません。真の赦しは、単なる感情によるものではなく、愛と緊密に結びついています。(参 コロサイ3・12~15)

 このような「赦し」はまた、プロセスでもあり、相互関係において成り立ちます。すなわち、「赦し」は、瞬間的なものではなく、互いの葛藤や労苦を伴います。それゆえ、時間も要します。さらに、「赦し」は、重層的です。つまり、人の罪を赦すことと自分の罪が赦されることは、ある意味で、表裏一体です。(参 シラ書28・2~4)

 真の赦しがない限り、人は、真に癒されることもありません。またそこには、心のなごみもないでしょう。