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めばえ

片柳 弘史 神父

今日の心の糧イメージ

 人間の心には二つの種がまかれているように思う。一つは、名誉や権力、財産などを手に入れることによって成長してゆく欲望の種。もう一つは、逆に、自分が手に入れたものを手放すことによって成長してゆく愛の種だ。

 若い頃、まず伸び始めるのは欲望の種のことが多い。若者は、自分の未来に限りない期待を抱き、より大きなものを手に入れようと懸命に努力する。「あれも欲しいこれも欲しい」「あれもしたいこれもしたい」と欲望の種はどんどん枝を伸ばして成長してゆくが、その成長はやがて止まるときが来る。これ以上はもう伸びられないという自分の限界に直面して絶望したり、思い上がって大きな間違いを犯したり、どんなにたくさんのものを手に入れても心が満たされないことに気づいて虚しさを感じたり、きっかけは様々だが、欲望の種はやがて成長を止め、枯れ始めるときがくるのだ。

 欲望の種から育った木が倒れた後、心の大地から小さな芽が顔を出す。絶望や虚しさに打ちのめされて苦しみもがく中で、「こんなわたしでも、まだ誰かの役に立つことができる」と気づくとき、わたしたちの心の中で愛の種が成長を始めるのだ。愛の種は、欲望の種とは逆に、与えることによって育ってゆく。喜んでくれた誰かの笑顔が栄養となり、愛を大きく育ててゆくのだ。その成長には限界がない。生きている限り、愛の種はどこまでも大きく育ってゆく。

 欲望を追い求める人生に終わりを告げ、愛を育てる人生へと生まれ変わる体験を、キリスト教では「復活」と呼ぶ。古い自分に死んで、新しい自分に生まれ変わるということだ。欲望の木が倒れたときこそ、新しい人生、本当の人生が始まるときなのだと信じたい。