▲をクリックすると音声で聞こえます。

気づき

片柳 弘史 神父

今日の心の糧イメージ

 ときどき、人から頼まれて写真を撮ることがある。わたしの趣味が写真だと聞いた人から、「じゃあ、わたしの写真も撮ってください」と頼まれるのだ。希望通り写真を撮ってあげると、ほとんどの人は喜んでくれる。だが、中には怒りだす人もいる。「わたしはこんなに老けていません。写真を撮るのがうまいと聞いていたけど、大したことありませんね」などと言うのだ。これは明らかに無理な苦情だろう。写真に老けて映っているなら、それが事実と考えるべきだ。怒り出す人は、たぶん5年前くらいの自分の姿が脳裏に焼き付いていて、それが自分の本当の姿だと思い込んでいるのだろう。

 客観的な事実を突きつけられても、それを事実として受け入れることができず、かえって突き付けてきた相手に怒りをぶつける。相手を否定することで、自分の思い込みを正当化しようとする。これは、誰にでも起こりがちなことだと思う。わたしたちは、実際の自分よりちょっといい自分、若さの例で言えば5年くらい前の自分を本当の自分だと思い込んでいることが多い。そして、客観的な事実を突きつけられると、「いや、そんなことはない。あなたはわたしのことを何も分かっていない」などと言って怒り出してしまうのだ。

 「わたしはもっとハンサムだ、もっと物分かりがいい、もっと人から愛される人間だ。そうとでも思わなければやりきれない」という気持ちはよく分かる。わたし自身も、そう思い込むことで自分を支えている部分がある。だがせめて、そのことを自覚し、誰かから客観的な事実を指摘されても相手に怒りをぶつけないようにしたい。間違っているのは自分の方で、相手はただ、事実を思い出させてくれただけなのだ。