私の母は他人に何かしてあげる時には、その人の立場に立って、本当にその人が欲していることをしてあげるべきだと言っていた。
例えば、「腹がすいてたまらん人に、いくらきれいか花っちいうてん、花ば上げても喜ばれんけんね。やっぱりおにぎりの一個の方がよほどよかとじゃけんね」と言っていた。
母はお金に少し余裕が出来ると、さらしを大量に買いこんでいた。
我家には女性のお客さんも多かったので、手のあいている人に赤ちゃんのおしめを縫ってもらってためていた。
どこかに子どもが生まれると聞くと、そのおしめを10組ばかり持って行っていた。その家に今、一番必要な物だと察してのことだった。
たまたまおしめを例にあげたが、衣類のことや食べ物のことを常に頭に入れていた。
私の弟は、母のいいつけで、米を持って行ったりしたが、その度に大喜びして受け取ってもらった。「まあ、おばさんはどげんして、うちん事情がわかっとったじゃろか」と言いながら。
チリ紙を持って行った時、涙ぐんで受け取ったおばさんの姿が今も忘れられない。
母は和裁をして家計を支えていたので、とても忙しかっただろうに、母の頭は始終くるくると働いていたのだろう。
母はまたトンチのきいた人でもあった。
教会の御祝日にはちらし寿司などごちそうを作り、ゆかりの人たちを招待した。
その際、偶然、我家へやって来た人がいて、その様子を見て帰ろうとすると、「なんの、なんの、あんたん足音が3日前から聞こえとったけん、あんたの分もあるとよ」と引き止めた。
おいしそうに食べるその人を目を細めて眺める母であった。