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心を一つに

岡野 絵里子

今日の心の糧イメージ

 「心を一つにする」のは難しい。自分自身の心も思い通りにならないのに、大勢の人の心を一つに合わせることなど不可能だ、と多くの人は考えているのではないだろうか。私にとっても稀なことだが、心が一つになったと思える経験をしたことがある。

 2018年12月、聖書協会共同訳の聖書が刊行された。新共同訳聖書の刊行以来、31年ぶりの新しい訳である。この翻訳事業に、私も日本語担当の翻訳者兼編集委員として参加させて頂いていた。カトリック、プロテスタント、を始め、いくつもの教派から、また聖書学、教義学、典礼等の研究者の方々、そして詩人、歌人、日本語学者等多くの方々が集まっておられた。

 一般的には、人数が多いほど一つにまとまるのは難しくなるものだが、この事業では、皆よくまとまって、過酷な作業と日程をこなし、そして不思議なほど清らかな空気がいつもあったのである。

 翻訳者たちは、翻訳作業であれ、訳語検討会議であれ、仕事を始める前には、必ず皆で祈りを捧げていた。合宿では、朝の祈りから一日がすがすがしく始まったことも忘れられない。

 私たちを一つにして下さい、心を合わせて、この仕事を遂げることが出来ますように。そんな祈りもよく捧げられた。私たちは毎日祈っていたが、その祈りは毎日叶えられていたのである。

 祈りの言葉は、人から余分なもの、醜いものを削ぎ落とし、魂と魂が生きるのに必要なものだけを残す。祈る度に、私たちは削ぎ落とされていったのだろう。そして清らかな空気が日々に生まれたのだ。聖書を手にすると、翻訳者たちが心を合わせ、よき訳文を生み出す努力をしていた姿が思い出される。清らかな何かが甦ってくる気もする。