ある人の一言

堀 妙子

今日の心の糧イメージ

 「愛せよ、しかして汝の欲することを成せ」という聖アウグスチヌスの言葉が恩師からの葉書の最後の行に書いてあった。

 わたしには、なかなか実現しない夢がある。それは子どもたちのための図書館を作りたいという夢だ。

 はじめに聖アウグスチヌスは言う、「愛せよ」と。ときどき、わたしは愛する前に、急いで事を起こそうとする傾向がある。「愛せよ」と断っているのはなぜか、誰を「愛せよ」と言っているのか、なかなかよい答えが見つからない。これはもっとも難しいことだが、自分のなかにいる敵だと思うようになった。敵とは何か、それは知らず知らずのうちに、自分を大きく見せようとする自慢話だと思う。それが自分を縛り付けているものかもしれない。このリボンの結び目をほどかないことには愛することは難しい。

 次に「しかして汝の欲することを成せ」という言葉が続く。これはとても勇気がいる。どこで何をするにしても、余計な波風を立てないように人に言われるままになっていると、いつしか心に小さな怒りがたまっていく。行き場を失った怒りは、人を排除するような怒りに転じていく。神さまの本質的な願いを実行するには、卑屈になってはいけない。そこは幼子のように欲するがままに進んで良いのだと思う。

 私の夢である図書館が建つのを待っていては、時間がどんどん過ぎていき、子どもが成長してしまって間に合いそうもない。そうだ!図書館は建物ではない。布ぶくろでもいいのだ。本を入れて子どもたちのもとに出向けば立派な図書館になる。友人がエプロンをリフォームして布ぶくろを作ってくれた。布ぶくろの図書館に本をつめて、子どもたちのもとへと、せっせと本を運んでいる。

ある人の一言

新井 紀子

今日の心の糧イメージ

 父の話をします。父には、私が生まれてから結婚して家を出るまで、言われ続けた言葉があります。

 夜、10時を過ぎると「さあ寝な寝な、早く寝るんだよ」です。父にこう言われると私たち4人姉妹は読みかけの本、テレビの面白いドラマもあきらめて寝なければなりませんでした。

 父は明治の末に生まれました。第2次世界大戦がはじまると、3回も出征しました。1回目の出征のときです。戦場では食事も寝ることもままなりません。過酷な暮らしが続き、風邪をこじらせ肺炎にかかり、父は日本へ帰されてしまいました。

 長引く戦争のせいで、父は2度目の出征をします。南方へ行ったようです。そこで、今度はコレラにかかってしまいました。激しい下痢と高熱にもう駄目だと思ったそうです。そんな時、幸運にも友人の医者から自分用に持ってきていた薬を分けてもらい、何とか生き延びることができました。次にマラリアにもかかり、日本に帰ってきてからも時々発熱を繰り返したそうです。そんな軍隊生活を送ってきた父は、勉強よりも何よりも健康が第一と考えるようになりました。

 戦争中に結婚し、生まれた子供たち、私の姉たちや、戦後生まれた私たち姉妹にもその信念を貫きました。

 平和になると、世の中の親たちは子供たちにこれからは勉学だと、夜遅くまで勉学に励むように激励したものです。しかし父は違いました。父が言う一言はいつも同じでした。

 「寝な寝な。早くねるんだよ。学校で1番になるより、もっと大切なのは健康だ」

 私たちが結婚し、生まれた孫たちにも言ったものです。

 「僕は子供たちに1度も勉強しろと言ったことはない。『寝な寝な、早く寝るんだよ』としか言わなかったよ。」

 「さあ早く、寝な寝な」。


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