私は10年前、横浜から函館郊外大沼に移住しました。ここで羊を数頭飼って暮らしています。
羊は太陽の光に影響を受ける動物です。秋になり、太陽の光が短くなると種付けの季節です。そして、3月が出産となります。
初めての出産の時、私はいつ生まれるか何度も羊の様子を見に行ったものでした。お産は様々です。
来客に気を取られて、私が少し目を離した間に、するっと生まれる仔羊がいます。一方、母羊が朝から寝たり起きたり、前足で藁を引っかく巣作り行動をしたりするのに、夕方になっても生まれないこともあります。そんな時私は母羊に「頑張れ、頑張れ」と声をかけてあげます。生まれてきた仔羊が凍えないように、藁を厚めに敷いて、小屋の隅に湯たんぽを置いてあげます。
朝からうろうろしていた母羊は、その日の夜10時頃に漸く1頭の仔羊を生みました。羊は双子や3つ子が多いのです。もう1頭生まれると待っていましたが、1時間経っても、生まれません。〈1頭だけだったのだな〉と私は思いました。
生まれた仔羊は立ち上がり、初乳を飲んでいます。私は安心して家に戻りました。そして、2時間後に様子を見に行くと、なんともう1頭生まれていました。この仔羊もお乳を飲んでいます。母羊と私の長い一日が終りました。
3つ仔のときは、大変です。次々と生まれる仔羊を親が面倒見切れないことがあるからです。生まれてすぐに動き出さない仔羊を見つけると、私は藁でこすり蘇生させます。
5月半ばには草が生えだし、仔羊たちは母羊と外に飛び出します。走りながら、お尻を振って飛び跳ねます。いかにも嬉しそうです。その姿を見ると、お産で苦労したことなど忘れ、私の胸はよろこびで跳ね上がるのです。