日差しが暖かくなり、明るい時間が長くなると、私たちはコートを脱ぎ、春が来たのだと思う。ぽかぽかとした陽気に開放的な気分になって、人と親しみやすくなる。
イソップの寓話「北風と太陽」では、北風と太陽が、どちらが道を行く旅人の上着を脱がせられるか、力比べをする。まず北風が、上着を脱がそうと息を力一杯吹きつけた。が、力を込めるほど、旅人は寒がって上着を体に巻きつけるばかり。次に太陽が暖かく照らすと、旅人はほっとした様子で歩き始め、照らし続けると、旅人は汗ばんで、ついに自分から上着を脱いだので、勝負は太陽の勝ちとなった。
イソップの寓話は紀元前に作られたものだが、現代の社会にも当てはまるところがあるので、私たちが聞いても充分面白い。この北風と太陽の話は、強引に動かそうとすると、人は頑なになって抵抗するが、その人の気持ちを考えて接すれば、心をひらいて自ら動いてくれるものだ、と教えている。
私たちは「おはよう」という朝の挨拶から始め、親しげな言葉を人と交わして一日を送る。でもそれらの言葉は、心の扉に近づかないものがほとんどだ。仕事をうまくこなし、無事に暮らしていくには、心という傷つきやすく壊れやすいものには触らないのが無難なのである。
だがどうして、それで人が満たされるだろうか。当たり障りのない人間関係の裏に、本当に理解されたい、愛されたいという声にならない心の叫びが隠されているのだ。
まず暖かい思いやりを、ささやかでも自分から示すことが出来ればと思う。心をひらいてくれた人の笑顔は、きっと桜の花が咲くようだろう。一輪の花が隣の花を咲かせ、やがて静かに満開になっていく季節の幸福を春の訪れと呼びたいと私は思う。