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息吹

黒岩 英臣

今日の心の糧イメージ

 今年も春がめぐってきて、樹木や草地に沢山の可憐な花が咲き揃いました。私は日本のこの時期が、何とも言えず好きです。清新な息吹とでもいうものを感じるので・・。

 ところで、聖書の舞台である荒野とか砂漠でも、もちろん花は咲くでしょうが、そこでの圧倒的な花畑は宇宙を埋め尽くす無数の星々でしょう。果てしない広がりを見せるその空間、そして朝になって射してくる光、これらも全て、万物の造り主である神様の霊によって造られたのです。この霊は息吹とか、風をも意味するそうです。

 旧約聖書の初めも初め、創世記1章2節にこう書いてあります。「地は混とんであり、闇が深淵の面にあり、"神の霊"が水の面を動いていた。神は言われた、'光あれ'。こうして光があった」。

 あまりの簡潔さに開いた口が塞がらない思いもしますが、実はこのたった2行の中に、現代の物理学的成果を何十冊積み上げても得られないほどの内容が盛り込まれているのです。

 さらに、27節に、神はご自分にかたどって人を創造された、と書いてありますが、そのもう少し先、2章7節には、より具体的に人の作り方が記されています。興味ありますよね。それによりますと、「主なる神は土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた、人はこうして生きるものとなった」、ということです。

 つまり、神と私達は命で結ばれた、もっとも深い関係にあると言えるのではないでしょうか。

 さて、創世記初めの、水と神の霊(息吹)と同じ言葉が主イエスの口から語られます。「水と霊によって生まれなければ、神の国に入ることはできない」と。

 どうか聖霊の息吹が私の中で、自由に吹いて下さいますように。