私は苦手なことの多い人間で、結婚してから、おにぎりを握ったこともないことに気付いて、大いにあわてた。うどんもそばも茹でたことがなかった。
さらに夫は大の猫好きだが、私は猫も苦手だった。
今から10年前、我が家に小さなトラ猫がやって来た。掌よりもわずかに大きいくらいで、生後一か月。一人でミルクが飲めないほど幼いが、母猫が水の入ったタンクに落ちて死んでしまったのだ。工場で働いている夫が拾ってきた。毎日、機械相手に長時間労働をしている夫の慰めになればと思い、私は猫が好きではないが、勇気を出して飼うことにした。
猫用のミルクを買い、小さな口にあうプラスティックの哺乳瓶もそろえた。ミルクは一日に5回与える。母猫の代わりに、湿ったティッシュでお尻を根気よく刺激して排泄も促す。連れてきたばかりの日は、空腹で死にかけていた子猫が3日もすると元気になり、遊びたがるようになった。夫が仕事から帰ると子猫は夫の肩によじ登って甘える。夫には内緒だったが、私がこのトラ猫を心から好きになるまでには2年かかった。毎朝、自分に言い聞かせて世話をしていた。「これはよいこと。必ずよい結果になる」と。
そして、いつの間にか言い聞かせなくてもよくなった。猫は私の友達になり、触ることも世話をすることも喜びに変わったからだ。今では鳴き声で、彼が何をしてほしいのかがすべてわかる。私が力を落としている時は、まるで賢い犬のようにそばに来て顔を近づけ慰めてくれる。
たかがペットの話だが、疲れて帰る夫が喜ぶのを願って始めたことなので、勇気を出してよかったと思った。
苦手な事に取り組むには勇気がいる。