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ひたすら前に

崔 友本枝

今日の心の糧イメージ

 ひたすら前に進むことが社会では素晴らしいこととされている。

 スポーツの試合はそれでいいだろう。短時間で勝負を決めるのだから失敗したらすぐに切り替えなければ負けてしまう。しかし、人が日常的に感じる悲しみや驚き、感動、または辛い思いについてもそれほど簡単に切り替えていいものだろうか。あれも、これもこの日までに終えなくてはならないからぐずぐずしていられない!とひたすら前に進もうとすると、いろいろな自分の気持ちをパソコンのゴミ箱にいれるように削除することになる。

 立ち止まらず、ひたすら前に...というやり方は、人間という繊細で神秘的な生き物には危険な方法ではないだろうか。

 気持ちを無視し続けると心に不調和がおきる。長期の病気になるなどして神さまが停止信号を送ってくださることもある。

 「ちょっと休みたい。雲が流れる空の美しさをゆっくり眺めていたい」、「私が感じていることを聞いてほしい」などと心が叫んでいるのだ。だが私自身、受験戦争をくぐり抜け、競争して大人になったので、この価値観にからめとられていることがある。

 だから、「最近、満たされた気持ちになっていないな」とか「夫がこの頃、笑わないわ」と気づくと急ブレーキをかける。仕事のスピードを落とし、高望みをやめ、自分に無理強いしていることから手を離す。ひたすら前に進むのをやめると緊張がほぐれて時がゆったり流れる。夫とテレビを見ていても、時間がもったいないと思わず、楽しくなる。いのちが息を吹き返したのだ。

 見える成果にではなく、心の時間軸に合わせると人間らしく前に進めるのではないかと思う。