1983年の春、私の住む街に「老人福祉教養センター」がオープンしました。60歳以上の市民が文学や歴史、絵画や陶芸、体操など自由に学べる施設で、当時は近隣市町村から見学者も多い最新の施設でした。
年が改まった2月、センターから電話がかかってきました。「この1年、油絵を採用したが、道具が重い、油のにおいが苦手など苦情が多い。アンケートをしたところ、水彩の方がなじみやすいというので、4月からあなたに水彩画講座をお願いしたい」
「私も本来は油絵ですよ。子供たちにも教えているので、水彩画や工作など、色々教えますけれど、年長者に私では講師が若すぎます。」と即座にお断りしたはずでしたが、後日、教育長の来訪を受け、結局講師に就任しました。
親子以上の年齢差ながら、毎年応募して下さる20名の年長者と共に10年間定期講座を続けました。
引退を決めた私に、受講者有志からサークルを作って絵を描き続けたいとの申し出があり、「百人の画仲間」の会を立ち上げ、現在まで続けています。始めのメンバーの半数以上が天国へ旅立ち、新しいメンバーにとっては私が年長者ですが、90歳代も数名在籍していますので、今や絵の教室というより人生の学びの場、高齢者の生活情報交換の場となっています。
昭和一桁世代は戦争体験者として貴重な話をしますし、二桁世代は戦後経済の高度成長を支えた自負があり、海外駐在の話や発明特許の話など、豊富な経験を踏まえ魅力的です。女性も、歴史や旅行の話で負けません。長く生きた共通点は、自覚の有無はあっても、皆、何かしら信仰心があると感じられることで、互いに聞き上手です。
平成世代はどんな年長者となり次世代に向き合うのでしょうか。