北海道の函館郊外、大沼に移住して9年目になります。移住してすぐに、私の夢であった羊飼いの生活を始めました。羊飼いにとって一番気を遣うのは出産です。産まれた子供を1頭残らず生かさなければならないのですから。
秋に種付けをした羊は、5か月後出産ということになります。大体2月から4月までに産まれます。出産が近づくと、私は羊の出産に関する本を読んだり、ビデオを見たりしてその日に備えます。通常は前足の次に頭が出てくるのですが、逆子であったりしたらどうするのか、何度も頭の中で考えておきます。
その日、お腹の大きな羊が朝から敷き藁を前足で掻いたりしています。巣作りの仕草です。私は敷き藁をいつもより厚めに敷いて、「頑張れ、頑張れ」と羊に声をかけます。やがて前足が見えてきました。「もう少しだよ」次に鼻が見えてきました。次の瞬間、薄い袋を被った子羊がするっと産まれてきました。「よく頑張ったね」、子羊の膜を藁やタオルで拭き取ります。すぐに動きださない時には、子羊の後足を持って逆さに振り、羊水を吐き出させます。母羊は子羊を舐めまわします。子羊はもぞもぞと動き出しました。その時です。2頭目の出産が始まりました。2頭目はするっと産まれてきました。産まれたとたん、頭をぶるっと振っています。そして、すぐに立ち上がろうとします。母羊は大忙しです。2頭の子羊を舐めようとぐるぐると動き回ります。子羊たちは母羊の乳房に吸い付こうと、よろよろと立ち上がります。ぐるぐる、よろよろが続き、子羊がついに母羊の乳房に吸い付きました。
チュッチュッと音がしています。仔羊にとって一番大事な初乳が飲めた瞬間です。
私はホッとしたのでした。