この話を聞いて30年余りも経つのに、何かあると思い出す話である。
今回「心を開く」というテーマを与えられて、はてと思った時、この話が鮮やかによみがえった。
そこは日本のとある小さな町。
そこでシスター方が小さな保育園を経営しながら、恵まれない子ども数名を引き取って面倒をみていた。学齢前の子どもである。
親が多額の借金をし、全国を逃げ回らなければならない子どもがいた。
まず困ったのが、普通の生活習慣が全く出来ていないことであった。
夜、眠る時、どんなにいってもパジャマを着ることを拒否する。その上、靴を履いたままふとんの中へ入るのである。
いつどんな時でも素早く逃げられるように身構える日常を過ごしてきた子どもにすれば、パジャマに着替えたり、素足で眠ることなどもってのほかなのであった。
最初は風呂に入ることも拒否したが、夏など自分も汗で気持ち悪いのかやっと入浴した。
しかし、パジャマは無理。昼間着ていた洋服しか着ない。靴は脱いで寝たはずなのに、いつ履いたのか、朝になるとふとんの中。
もう誰も追いかけて来ないから安心して眠るようにと、神さまが守ってくださるからと、こんこんと毎日いいきかせ、数ヶ月してやっと、パジャマを着、素足で眠るようになった。
その間、子どもは固い表情で、世話をしてくれているシスターにさえ、心を開かなかった。疑い深い射るような目付きであった。
しかし、ある時、一緒に風呂に入っていた時、はっきりとにこっと笑いかけた。
辛かった日々から解放された瞬間である。
シスター方の喜びはいかに大きかったか。
その話を私にする時、シスターの目には光るものがあった。私ももらい泣きした。