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時のしるし

植村 高雄

今日の心の糧イメージ

 人生には迷いがあります。青春時代の迷いからはじまり、晩年の自分の死を巡る思索でも、楽天的な迷いもあり、暗いじめじめした感じの不安も湧き出します。

 明確な志でひたすら自分の夢に向かい、決然として飛び歩いた頃のことは、今も輝いていますが、混乱感と愛の孤独感から何の為に生きているのか不明なままの我が人生もあります。

 アフガニスタンやアフリカなどで、善意の国際的な支援機関で働く仲間もいますが、いつ終わるともない雰囲気の中で苦労しています。

 個人の生活での心の迷いの解決方法に戻りますが、シンプルに解決する方法はないものでしょうか?その解決手法の一つが「時のしるし」を識別する学習と言われています。

 全知全能で愛そのものである神様が、迷い苦しむ人々を無視するはずがありません。自分の身辺に起きる森羅万象には深い意味があり、時のしるしとして解釈する訓練が必要なようです。諸説ありますが、愛そのものである神様は、この場合どうなさるだろうか、と神の視点で思索する訓練があります。今までの自分流を大切にしつつも、この場合の自分の思考、感情、行動、勇気のありようについて、神様ならこの場合どうされるだろう、という視点だそうです。

 難しい問題ですが、視点を変えると世界が変わります。その結果、湧き出す感情が明るく元気に爽やかになるようなものでしたら、案外、本物の正しい選択かもしれません。

 神の視点で思索することは不可能ですが、大脳の中で思索する自由を人間は持っていますので、気楽に挑戦することは、自由意志をもつ人間の美しい試みかもしれません。その視点で思索して、身辺が愛と喜び、平和、寛容、友情が溢れたら、努力の甲斐があるようです。