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時のしるし

崔 友本枝

今日の心の糧イメージ

 世界的な書道家、金澤翔子さんのお母様の講演を聞きました。

 翔子さんはダウン症のため、競争の世界に巻き込まれた経験がありません。それで、人と比較する気持ちもありません。心はいつも幸せでいっぱいです。翔子さんは他の人も幸せでなければ困るようで、いつも他の人を喜ばせたい、という気持ちだけをもっているそうです。ですから、翔子さんの行く所はみんながにこにこして幸せになるのです。

 小学4年の時に、学校が勧めた障がいのある子供の学校にお母様はすぐには通わせず、2人きりで般若心経を書いて過ごしました。

 まだ漢字を習っていない翔子さんがうまく書けないとお母様は強く叱ったそうです。すると涙をぽろぽろ流しましたが、決して、辛いとか、止めたいとは言いませんでした。書を書くと母親が喜ぶと感じていたからでした。休憩のたびに「ありがとうございました」と言い、終わるとミルクティーを入れてお母様をいたわりました。お母様はその優しさに胸を打たれたといいます。

 翔子さんはいま一人暮らしを始めました。いろいろなお店で買い物をしますが、シャッターの上げ下ろしが大変なご高齢の方が経営しているお店には、毎日お手伝いに行きます。誰にでも明るく声をかけて親しくかかわります。翔子さんは皆と一緒に生きているのです。彼女が来てから街は生き返りました。

 誰もが先のことを考えて不安と憂鬱に苦しんでいる現代。彼女の生き方に「時のしるし」を見ることができます。

 まず、幸せでいるためには人と競争や比較をしないこと。一緒に生きている人の喜びと平和を求めること。そんな人といると誰もがホッとして幸せを感じられます。これは私たちにいま最も必要な心の態度ではないでしょうか。