北海道の宮島沼は、渡り鳥のマガンが数万羽集まる中継地です。5月初めにシベリアから渡ってきてここで羽を休め、夏を過ごすため日本各地に散っていきます。秋には日本中からここに集まって、今度はシベリアに帰っていきます。これを北帰行と呼びます。マガンたちは、ここから一気に海を越えてロシアに行きます。
私は貴重なご縁から、ここでマガンの渡りを春と秋に観察する機会をいただきました。
俳句では「雁の竿」と呼ぶ通り、強い鳥が先頭に立って風を受け、ほかの鳥たちが列を作って付いていきます。竿になり鉤になりして飛んでいく前に、マガンたちはまずいっせいに沼を飛び立ちます。このとき、薄く丈夫な翼が、ハタハタ、パサパサと触れ合う音が重なってまっすぐに舞い上がり、微妙な風が起きます。私はこの音を羽の音柱と名付け、微妙な風を羽風と名づけました。
何よりも感動したのは、数十羽ずつの群れがまるで何かの合図を受けたかのように、同時に飛び立っていくことでした。それも、群れ同士が衝突しないよう絶妙な合間を取って。飛び立った後は、誰も大地を振り返りません。見事な動きに、この鳥たちには神様が信号を出しているとしか思えませんでした。
厳しい旅に向かう鳥たちの羽風を受けながら、私は、自分を含め、すべての生き物にはこのように「用意された時」があるのだと感じました。
「そろそろ」から「今だ」に信号が変わると、私たちは新たな一歩を踏み出せるのでしょう。大切なのは、その信号を読み取る受信力と、行動に起こす決断力。
何かを振り切って進むべきとき、私はマガンたちの潔さを思い出しながら頭を振り、前だけを見ようと決意を新たにするのです。