或る有名な服飾デザイナーの話である。彼女は華やかに活躍しているように見えていたが、自身では行き詰まりを感じ、仕事を辞めたくなっていた。気がつけば、人のために服を作ってばかりで、自分は誰からも作ってもらったことがない。
思いきって、パリのシャネルの店へ行き、自分のためにスーツをオーダーした。シャネルスーツは大変高価な贅沢品で、それだけでよい気分になれる。だが、一着のスーツのために何度も仮縫いに通ううち、彼女はつくづくと「ああ、私は作ってもらう人ではなく、作る人なんだなあ」と思わないではいられなかった。
明るいしるしに照らされたように、その時から、彼女は世界に通用するデザイナーを目指して、本格的に勉強を始めたそうである。
人生の転機に、「時のしるし」が現れることがある。もうこの道を進むのは無理だと思い、立ち止まって悩んでいる時、しるしは現れて、新しい道を示してくれる。それは尊敬している人の一言であったり、聖書の一行であったりするかもしれない。また、このデザイナーのように、自分自身の中に見つける場合もある。日々を真摯に生き、心を尽くして待つ私たちに、あらゆる形でしるしは姿を現すのだと思う。
お嬢さんが外国人と結婚したことで、その国の言葉を習い、交流を深めて、自分たちの世界を広げたご両親もおられる。初めは、異なる文化が受け入れ難く、結婚にも反対したかったけれども、いや、自分たちの狭い生き方を改める時が来たのだ、と人生観を変える覚悟をされたそうである。きっと、この外国のお婿さんは、「時のしるし」の素晴らしい使者だったに違いない。