その彼は、その映画が話題になる直前にクリスチャンになっていましたが、それ以前は、クリスチャンに対して良い感情を持っていませんでした。
彼は、結婚し、娘をキリスト教の幼稚園に通わせていました。その関係で、お母さんがクリスチャンになり、よく子供と一緒に教会に通っていましたが、それをあまり快く思っていませんでした。
そんなある日、娘が近所に遊びに出て交通事故に遭ってしまい、すぐに病院に搬送されましたが、手遅れでした。
彼は、冷たくなった小さな娘の前で、泣き続けました。そのとき自分がどれほど娘を愛していたかに気づいたのです。
娘のために何かしてやりたい、そう思った彼は、その子の生前の姿をいろいろ思い浮かべてみました。すると、いつもその子が、家にあるイエス様の御像の前で、手を合わせて祈っていたことを思い出したのです。
とても愛らしく、真剣になって祈っている姿、そこに何かあると彼は考え始めました。
そして、1年後、奥さんに勝るとも劣らない熱心なキリスト者になっていたのです。
子供の祈る姿、そこには何物にも代えがたい真実があるのかもしれません。