2019年01月05日の心の糧


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『今日の』祈り

三宮 麻由子

今日の心の糧イメージ  「ああ、神様」

 この一言しか出ないときの祈りが実は1番深いなと思うことがあります。

 カトリックでは、ミサの中でたくさんの祈りを唱えます。初めて経験したときには、とてもおぼえられないと思いましたが、馴染んでいくうちに、いつしか自然に出てくるようになりました。心の機微を正確に言葉にして祈るのは難しいものですが、ミサの中で決まった祈りをたくさんの人と一緒に唱えていると、そうした細かな祈りがすべてミサの祈りに乗って神様に届いていくと感じることがあります。長い年月をかけて完成された祈りには、こういう力があるのでしょう。

 しかし、人生にはどうやっても受け止めきれない試練があります。解決の糸口が永遠に見えないように思える問題も発生します。

 どうしようもなくなって「もう祈れません」と宣言し、祈りから遠ざかってしまうことだってあるのです。

 それでも、私は神様が待っていてくださるとどこかで信じています。祈れないといっても、1度神様と出合った人は、どこかで祈っていることが多いからです。不思議なことに、神様との対話を打ち切っていても、誰かが必ず見ていて、代わりに祈ってくれているのです。ある程度時間が経ってそれが分かったとき、祈りは戻ってくるようです。「ただいま」、といった短い祈りになることもあるでしょう。

 長く祈らず瞬間的に神様と通信する方法に、射祷というものがあります。神様は祈る前から私たちの状態を見ておられるわけなので、本来は「ああ、神様」と呼びかけるだけで、「分かっているよ」となるはずなのです。

 だから力を抜いて一言「神様、あのね」と始めてみる。

 祈りに困ったら、試してみると良いかもしれません。