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わたしのクリスマス

新井 紀子

今日の心の糧イメージ

 私が子供の頃、昭和30年代のことです。少しずつ景気が回復して来たせいか、12月になると商店街にジングルベルが流れ、師走の忙しさの中にも心踊ったものです。クリスマスイブになると、食卓にご馳走が並びました。父が頼んでくれたケーキが届くと、私たち子供の喜びは最高潮に達します。翌朝のプレゼントも楽しみなものでした。

 結婚し子供が生まれると、クリスマスの喜びが、頂く喜びから与える喜びに変わりました。ツリーを飾りつけ、七面鳥の丸焼きを作り、ケーキも焼きました。子供たちが喜んでくれるプレゼントは何がいいか、夫婦で考えて用意するのも親として嬉しいものでした。

 現在、子供たちは成人し、それぞれに家庭を持っています。私たちは、夫婦2人きりでクリスマスを祝うようになりました。最近は函館郊外大沼で雪のクリスマスです。大沼暮らし最初のクリスマスイブのことでした。夏から体調を崩して入院していた画家のKさんが突然亡くなりました。私たちの大沼暮らしを全面的にサポートしてくれていた方でした。翌日彼から自筆のクリスマスカードが届きました。それを見て涙が止まりませんでした。さらに数年後のクリスマスイブ、義理の姉が自宅で倒れ亡くなりました。兄から夜遅く電話で知らされた私たちは、すぐに弔問に行くこともできず冥福を祈り続けました。

 若い頃は、形あるものをプレゼントしたり、頂いたりして、嬉しかったものです。年を取って様々な別れを体験しました。今しみじみ思うのは、プレゼントしたいものは形のあるものではないということです。それは健康以外何物でもありません。

 「どうかあの方が元気でありますように」

 私たちがクリスマスに祈るのはこのことです。