私は青空にぽっかり浮かんだ羊雲を見ているうちに、すっかり忘れていた夢を、突然、思い出しました。『アルプスの少女ハイジ』のような暮らしをしたい...。
「今からでも遅くないわよね」夫を必死で説得しました。
3年後、北海道、函館郊外の大沼に夫婦で移住しました。今はここで羊を飼って暮らしています。羊飼いの紀子というわけです。羊を飼うにはたくさんの人々の助けが必要です。羊の子供を分けてくれたOさん。飼い方を教えてくれたYさん。ヤギ牧場のAさん。肉の取り扱いについて教えてもらった豚農場のKさん。餌の牧草ロールを入れてもらうT牧場の方々。こちらで知り合った人々から私は紀子さんと呼ばれるようになりました。
我が家の羊から毛がたくさん取れました。その毛を利用して、お人形の作り方を教わりました。それを見た地元のご婦人たちが言いました。「私たちも作りたい」。
毎月、羊手芸の会を開いています。そこでも私は紀子さんと呼ばれています。紀子さんと呼ばれるたびになんだか嬉しい気持ちになります。
誰それの奥さんではなく、紀子さんと呼ばれるようになった、人生の分岐点は北海道移住だったのです。