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分岐点

新井 紀子

今日の心の糧イメージ

私の人生を振り返ってみました。結婚するまでは、両親と暮らしていました。

結婚してからは、「奥さん」と呼ばれ、妻としての役割を一生懸命果たしてきました。

子供が次々に3人生まれると、私は「お母さん」と呼ばれるようになりました。子育ては多忙でしたが、成長が楽しみでした。同居していた両親が病で倒れると、両親の介護人になりました。しかし、その役割も終わるときがきました。両親と夫の母親が相次いで天国へ旅立ちました。50歳で私たち夫婦は2人きりになりました。

私は青空にぽっかり浮かんだ羊雲を見ているうちに、すっかり忘れていた夢を、突然、思い出しました。『アルプスの少女ハイジ』のような暮らしをしたい...。

「今からでも遅くないわよね」夫を必死で説得しました。

 

3年後、北海道、函館郊外の大沼に夫婦で移住しました。今はここで羊を飼って暮らしています。羊飼いの紀子というわけです。羊を飼うにはたくさんの人々の助けが必要です。羊の子供を分けてくれたOさん。飼い方を教えてくれたYさん。ヤギ牧場のAさん。肉の取り扱いについて教えてもらった豚農場のKさん。餌の牧草ロールを入れてもらうT牧場の方々。こちらで知り合った人々から私は紀子さんと呼ばれるようになりました。

我が家の羊から毛がたくさん取れました。その毛を利用して、お人形の作り方を教わりました。それを見た地元のご婦人たちが言いました。「私たちも作りたい」。

毎月、羊手芸の会を開いています。そこでも私は紀子さんと呼ばれています。紀子さんと呼ばれるたびになんだか嬉しい気持ちになります。

誰それの奥さんではなく、紀子さんと呼ばれるようになった、人生の分岐点は北海道移住だったのです。