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分岐点

村田 佳代子

今日の心の糧イメージ

順調に歩んできた道が行き止まりになって左右に分かれ続いています。どちらへ行けば目的地なのでしょう。今はスマホのマップで迷うことはなくなりましたが、分岐点で道に迷う事は誰もが経験しているでしょう。

これが道ではなく人生の分岐点となると、一般的ではなくなります。生まれた時からレールが敷かれていて素直にレールに沿って人生の終着駅まで行ってしまう人がいます。傍から見ていると紆余曲折がありそうでも、本人は分岐点とは思わず適当に角を回って、何となく要領よく生きていける人もいます。人生での分岐点となると重い響きがあり、進学、就職、結婚、転居などがイメージされますが、日常生活での思いがけない出来事にこそ、人生を大きく変えるきっかけが潜んでいます。そして人生を振り返ってみた時、その出来事こそが分岐点だったと気付かされます。

私自身、進学や結婚には選択肢がありましたが、自己責任で決意したので、今振り返ると大した分岐点ではありませんでした。私が人生の分岐点であったと合点する出来事は3回あるのですが、不思議にも必ず神の御手を確信する体験でした。

神様のご計画としか思えないような偶然の出会いや、突然呼び出されての旅行、何気なく手に取った本のメッセージに何度共に居て下さる神様を感じたことでしょうか。分岐点の一つが「鎌倉のキリシタン」の殉教の歴史画の完成です。

ある深夜のアトリエでの体験を、神父様にお話ししたところ、10年後、画集の出版に際し「神の絵筆」と題名をつけてくださいました。心のともしびの原稿執筆者に加えて頂いた事も分岐点でしたので、古稀の記念画集は「絵筆が灯す光」と命名しました。