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わたしの故郷

村田 佳代子

今日の心の糧イメージ

「ふるさと」という言葉の響きは独特の懐かしさと安らぎがあります。そのせいか多くの人は故郷と聞くと海や山の景観をもった田舎をイメージするようです。

私が生まれも育ちも東京というと、きまって「あら、故郷がおありではないのね」と気の毒そうな顔をされて、季節ごとに故郷から送られてくる農産物や海産物の話、盆暮れに帰省して参加する祭りや郷土芸能の話を聞かされることになります。私は祖父母の代から都会出身なので東京、それも世田谷区渋谷区港区エリアが故郷です。

60年前までの東京は現在の大都会とはだいぶ様子がちがっていました。表参道は現在東京のシャンゼリゼですが、私が子供の頃は大通りに面して国家公務員宿舎の同潤会アパートが立ち並び、学友が何人か住んでいたので、遊びに行っては明治神宮の内園で花見をしたり、渋谷川でメダカを取ったりしました。渋谷から日比谷公園まで都電が通っていて、日比谷公園にあった公会堂での音楽会や、図書館で受験勉強をしたことも懐かしく、大人に連れられて銀座を横切って歌舞伎座まで歩く距離を長いと感じたことも、私にとっては大事な故郷の思い出です。

ことに、中学・高校時代、ホイヴェルス神父をお訪ねしに度々降りた四谷駅周辺は、イグナチオ教会の聖堂が建て替わり、上智大学の校舎が高層建築になりはしたものの、基本の景観は変わらないので、大切な心の故郷の一つです。桜並木が続く土手に上り、眼下に上智大学のグラウンドを見下ろすと、カトリックと出会った思春期が蘇ります。

都会であれ田舎であれ、その人が人格形成をする初めの時期を過ごした土地と周辺の環境は、その人にとっては何物にも代えがたい故郷なのです。