2018年10月02日の心の糧


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私とロザリオ

新井 紀子

今日の心の糧イメージ 私が小学校3年生のときです。住み慣れた社宅を離れ、横浜の新居へ引っ越しました。ところが、引っ越し3日前、母がヘルニアで入院したのです。

引っ越し荷物は、社宅の人々により、送り出すことができました。新居には、急きょ従姉の春子さんが、泊りがけで手伝いにきてくれました。大学3年生の彼女は、高校生のときにカトリックの洗礼を受けていました。物静かな性格で、人のいやがることを率先してやってくれる思いやりのある人です。親戚の誰からも「マリア様みたいね」と言われていました。

春子さんは、朝から夜まで、拭き掃除をはじめとして、私たち小さな4人姉妹の世話など何くれとなく働いてくれるのでした。週末になりました。彼女は私たち家族に向かって言いました。

「明日は教会へ行きます。朝早いので、黙っていきますが、心配しないでくださいね」

翌朝、私は早起きして、彼女を見送ることにしました。出かける準備をしている荷物の中に、不思議なものを見つけました。紫色をしたガラス玉が並んでいてどうやら、首にかけるもののようです。

「わー、きれいな首飾りね」と私。

「これは、ネックレスではなくてロザリオっていうのよ。お祈りをするときに使うの。ほら、こんな風に、指先で球を持って祈ると、次の球を持ってまた祈るの。」

春子さんは、ロザリオを手渡してくれました。ひんやりして、厳かなものに感じました。

「何を祈るの」

 私の母の病気が早く治りますように、何回も祈っているというのです。

それを聞いて、私は母のために何もしていないことに気づきました。彼女が家を出た後、自分の部屋へ行きました。私は心の中でロザリオを思い浮かべながら、母の病気が早く治りますように、と何度も何度も祈ったのでした。