ときはクリスマス。わたしを誘ってくれた、学校は違うけれど同学年の女の子が、聖劇でマリア様の役です。新米のわたしは羊飼い。
目のさめるようなブルーのベールを被ったマリア様はとてもきれいで、羊飼いのわたしはうっとり眺めていましたっけ。このマリア様が、天使のお告げをうけて答えたのがこの台詞です。まだ、文語の聖書しかない時代です。
「仰せのごとくわれになれかし」。なんと美しい響きでしょう!詩です。音楽です。文語でないとこうは感性に訴えません。
まだ、聖母マリアの「神的受動態」なんぞの神学的意味はわかるはずもなく、単純に、「神様の思いに100パーセント身をゆだねて生きるマリア様ってステキ」といった少女時代の憧れだったのでしょう。それ以来、色々な面で「受胎告知」はわたしのテーマであり続けたようです。10代の終りには「受胎告知」の図をコレクションしたりして。
けれどやがて、少女っぽい甘い憧れはうち砕かれます。
人の思いでなく神の思いを生きることの厳しさ。どうしても自分中心な生き方を変えられない情けなさに幾度泣いたことでしょう。
しかし、今、詩編の「主は必ず、わたしを引き寄せてくださいます。」という言葉が私を支え、慰めてくれます。
わたしはあなたを見捨てはしない、とイエスさまは仰ってくださる・・・。それでいいよ、ありのままの自分でわたしのもとに来なさいと。