2018年08月03日の心の糧


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わたしの好きなみ言葉

村田 佳代子

今日の心の糧イメージ 私は2年に1回、キリシタンの信仰をテーマに個展を開催し続けていますが、17、8年ほど前に「私を支えた聖書の言葉」と題した個展を開催したことがあります。

油彩画で、タイトルは「一粒の麦」「善きサマリア人」「門を叩け」「狭き門」「善き羊飼い」「10人のおとめ」「タラントンのたとえ」「放蕩息子のたとえ」「わたしは葡萄の木」「山上の垂訓」他、全部で15点の作品です。マタイ、ルカの福音書に多く書かれているキリストが語られた例え話と、ヨハネによる福音書のキリストご自身のエピソードを、大小、絵の内容に適したサイズのキャンバスを選び、心を込めて描きました。

小学校がミッションスクールでしたので、毎週、黒板に「今週の聖書の言葉」と決められたみ言葉が書かれ、毎朝大きな声で皆で朗唱したものです。文語体でしたからリズム感があり、次々と暗唱し、今もすらすら口をついて出てくるみ言葉がいくつもあります。

その中でも「求めよ、さらば与えられん。訪ねよ、さらば見出さん。門を叩け、さらば開かれん」というマタイ七章七節とルカ19章9節のみ言葉には、今まで何度励まされ導かれてきたことでしょう。

「一粒の麦 地に落ちて、死なば多くの実を結ぶ」(ヨハネ12・24)「我は葡萄の木、汝らは枝なり」(同15・5)なども幼心に染み透り、高学年になってから、書道の作品にと毛筆を振るったものです。始めは言葉が難しいと感じても、暗記してしまうと意味を真剣に知りたくなって、先生に訊ねることで理解が深まり、よく身に付いたのだと思います。

「祈りを常にせよ (佳代子)」と書いた子供の頃の書初めを、母の遺品に見つけました。