目覚める

服部 剛

今日の心の糧イメージ

私のこのお話が放送される頃には、ダウン症を持つ息子の周は小学校に通い始めていることでしょう。

周は特別支援学校に入学する予定です。

実は、私と妻の願いであった、私立の養護学校を周は受験しましたが不合格となり、親として気持ちを切り替え、「結果オーライ」という言葉もあるように、特別支援学校への入学に〈これでよかったのかもしれない〉と思うようになってきました。確かに、受験した養護学校は障がいのある子供を大切に育む素晴らしい学校ですが、実際に通うとなると近隣ではないため、毎朝、結構な時間をかけて通学しなければなりません。〈周に良い教育を施したい〉という一念でしたが、いまだ幼い周の身を考えると、内心はホッとしているところもあったりします。

きっと親というものは体験を重ねながら子供と共に成長するのでしょう。私は今、「望む所に受からなかったことの深い意味」に気づき始めています。

私の子供の頃、母の口ぐせは「息子を信じている」でした。私も人の親となり、子供を無条件に信じることの大切さを感じています。周が本当に縁のある学校で自分らしい笑顔を輝かせることを、親として信じたいと思います。

6年前、周が生まれてまもなくダウン症の告知を受けた時、私たち夫婦の目の前は真っ暗になりました。しかし、私の実家で両親とゆっくり語り合った後、朝陽の射す部屋で一人、必ずこの経験を糧にして文筆の道を歩もうと決意した日を、私は忘れたことはありません。

そして、この春、その思いの結晶として、周のことを書き記した詩集を出版するに至りました。私たち家族の想いがこの本を通じて読んでくださる方々に届くことを心から願っています。

目覚める

片柳 弘史 神父

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「自分探し」という言葉があるが、自分がいったい何者なのか、なんのために生まれてきたのかを探し出すのはとても難しい。私自身、青年期に迷い始めてから神父の道にたどりつくまで10年近くかかった。

高校生で悩み始めたとき、最初に考えたのは弁護士になることだった。法律を使って、貧しい人たちや苦しんでいる人たちの役に立ちたいと思ったのだ。弁護士であれば経済的にも恵まれ、社会的地位も高く、申し分がない。

ところが、大学3年で父が突然に亡くなったとき、ふと心に「わたしの人生はこれでいいのか」という迷いがこみ上げてきた。

迷いに迷った私は、手がかりを求めてインドのマザー・テレサのもとへ旅立った。彼女に会えば、自分の求めているものが見つかるのではないかと思ったからだ。

まったく思いがけないことに、マザーからは神父への道を勧められた。だが、いくらマザーから勧められたからといって、そんなに簡単に自分の人生を決められるものではない。迷いはますます深くなってゆくばかりだった。

日本に帰った私は、修道院で行われる黙想会などに参加し、「お前が本当にしたいことはなんだ」と自分自身に問いかけ、「あなたは私に何を望んでおられるのですか」と神に問いかけ続けた。利害損得を一切考えず、ただ問い続けた結果、最後の最後に心の奥底から「あなたは神父になりなさい」という声が聞こえたような気がした。その声を聞いた翌日、わたしは修道会に入会願いを書き、神父への道を歩み始めた。頭で考えても、人に聞いても、自分の使命は見つからない。自分の心に問いかけ、神に問いかける中でこそ使命は見つかる。これからも、日々、自分の使命を問いながら生きてゆきたい。


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