2018年05月10日の心の糧


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愛でる

松浦 信行 神父

今日の心の糧イメージ 私は結構、ものを大事に扱わない人間らしいと感じることがあります。コードを引っ張ってしまってプロジェクターを机から落としたり、ねじを間違えて強引に回し壊してしまったり等々、結構わたしの持っているものは壊れています。

そういった時に思い出すのが、今は人にあげてしまった黒色のロザリオです。父から中学2年の時に、買ってもらい、喜んでそれを学校にも持っていきました。そんなある日の放課後、ブラスバンドの練習のために楽器倉庫のところまで行きました。が、職員室から楽器倉庫の鍵を持って来ていないことに気が付きました。

「取りに行くのめんどくさいなあ」と思って、ポケットに手を突っ込んだそのとき、私の手がロザリオに触れたのです。そして私はひょっとしてと思い、そのロザリオの金属の十字架の長い方を、楽器倉庫の鍵穴に差し込んでいたのです。回すタイプの簡単な鍵だったので、すぐに楽器倉庫は開きました。

それが、私のロザリオの悲劇の始まりでした。度々、鍵代わりにロザリオの十字架を使ったので、すぐに私のロザリオの十字架にあるイエス像が壊れ、はずれてしまいました。また、鍵代わりに回すのですから、十字架の長い方は、ねじのように曲がったままになりました。

壊れた美しくない私のロザリオは、その後40年近く、私の側にいました。何時も側にいるから、新しいものを貰っても交換する気になれず、不思議と壊れたロザリオが私のもとに残るのです。

そんな話を10年ほど前に洗礼を受ける予定の人にしたら、「その壊れたロザリオを下さい」と言われ、あげてしまいました。その後は、じわじわとその寂しさが押し寄せてくるこの頃です。