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ぬくもり

岡野 絵里子

今日の心の糧イメージ

今日も都会には、早朝から深夜まで無数の乗り物が走り、大勢の見知らぬ他人が乗り合わせている。座席が空けば、人はそこに座るが、その時、それまで座っていた誰かの体温が座席に残っていることがある。これはどう感じられるだろうか。気持ち悪いと思い、腰かけるのに抵抗を覚えたら、その人は人間不信、人間嫌いの状態に陥っているのではないかと思う。なぜなら、人間を嫌いになると、まず人のぬくもりが嫌いになるものだからだ。

人間嫌いの人は、人間の愚かさ醜さを軽蔑しているプライドの高い人のように見える。が、その心の底には、他人への怖れや過去に傷つけられた痛みを抱えているのではないだろうか。

反対に、人のぬくもりを快いと感じる人は人間が好きで友人との交流を楽しむ。この人々にとって、ぬくもりとは自分を受け入れてくれる愛情の温度なのである。

まだ人を疑うことを知らない幼い子どもも、ぬくもりが大好きだ。抱っこされると安心して、大人に自分の身体を預けてくる。日頃は子どもに無関心な人も、そんな瞬間は、胸の内に暖かい感情が湧いてくるのではないだろうか。ぬくもりに癒されるのは、実は抱っこしている大人の方なのである。

人間関係に傷つき、疲れてしまったら、幼い子どもや本当に親しい人とぬくもりの時間を過ごしてみれば、心は休まるように思う。それは私たちの中にある「善きもの」が目に見えない姿を現して、人間は信頼するに足りる、暖かい存在なのだと思い出させてくれる時間なのだ。

人を傷つけるのは人であるが、人を癒やすのも人なのである。「善きもの」を宿す人の力を信じていたいと思う。