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年を重ねる

土屋 至

今日の心の糧イメージ

「やすみやすみ坂道のぼる老いしわれ

この道もまたあたらしきかな」

友人の82歳の女性が作った短歌です。

これまで何度も何度も繰り返し歩いてきた家の前の坂道も、今は少しのぼっては休み、少しのぼっては休み、あえぎつつ、息を整えながらのぼるようになりました。普通だったら「としはとりたくない」とか「としをとるのはやだね」とかついグチになってしまうところを、彼女は「これもまた今までになかった新しい体験」だと捉えています。

これまでだったらなにげなくさっさと歩いてのぼってきた坂道もこうやって休み休みのぼるようになると、これまで目にとまらなかった路傍の花や、耳に入ってこなかった鳥の声に気がつきます。爽やかな風を感じられます。これまでだったら無言ですれちがっていた近所の方が声をかけてくれるようになります。

これらはいずれも今までは意識してこなかったけれど、休み休み坂道を登るようになって、はじめて意識するようになった「新しさ」だというのです。

「としだね」とつい否定的に捉えてしまうところを、よく考えてみたらそれはこれまで体験してこなかった「新しさ」だと捉え直していくと、毎日毎日の平凡な繰り返しの生活の中に昨日とは違った今日を発見するのだそうです。

そしてそれを短歌にして表現するようになったといって、会うたびにそれを詠んできかせてくれます。私も彼女が作った短歌を聞くのが楽しみとなり、新聞の歌壇に投稿してみてはともすすめています。

さらにそれをすすめた自分も新聞の歌壇を毎週楽しみにして読むようになり、私も短歌を作るようになれたらいいなというささやかな望みを持つようになりました。