先取りする

崔 友本枝

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カトリックの司祭は「独身」です。このことは「天国の先取り」だと私は思います。聖書に「死者の中から復活するときには、めとることも嫁ぐこともなく、天使のようになるのだ」(マルコ12・25)とあるからです。司祭はこの地上にいながら、すでに天の国の生き方を始めているのではないでしょうか。

私が尊敬するあるご高齢の司祭は、目立たないのですが、実は大変に頭の切れる方です。ミサのお説教をすると鋭い聖書解釈をなさいます。多くの信者さんは引退なさっていると誤解していますが、見えないところで素晴らしい働きをされています。たとえば、「ゆるしの秘跡」という罪の告白を聞く、司祭にしかできない仕事を多くの人になさっていますし、困っている人がいるとすぐに駆けつけて必要な助けを与えています。肉親の死を目前に控えて悲しむ人がいると何度も病院に足を運ぶこともあります。私も神学を勉強している時に、お祈りをしていただいた上に、奨学金を出していただきました。就職してから返済を始めましたが、ある日、「もういいですよ」と電話がかかってきました。驚いて泣きながら「いいえ、最後までお返しします」と言うと「では、他の人に何かしてあげてください」とおっしゃいます。それで、私は時々食事代に困っている人と一緒に食事をすることにしました。

神父様は豊かなご家庭で育ったのですが、司祭になってからは、喜んで貧しい生き方を選んでおられます。それに、いつも心に余裕があってユーモアがあり、幸せそうです。このようなお姿は、全く善良で愛そのものである天のお父さん、つまり神さまのお姿を見ているかのようです。

「天国の先取り」とは、この神父様のような生き方だと思います。

先取りする

森田 直樹 神父

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年に1度、南の島に出かけるのを楽しみにしています。めまぐるしく駆け巡る日常を離れて、大自然の中に身を置き、聞こえてくる波の音にすべてを委ねるひと時がとても好きです。パンのかけらを小さくちぎって、魚たちにやるのも楽しいひと時です。今年出かけた島では、結構、大きな魚もそばに寄ってきました。

いつも一人で旅に出かけるので、旅行中の全ての事柄は「先手必勝」です。何事も早めに行動し、その後、ゆっくりと時間を過ごすことにしています。飛行機の搭乗手続きも先頭に並び、飛行機に乗る時も、早めに並んで乗り込みます。

「慌てているとよくない」と子どもの頃、よく聞かされましたが、「慌てた結果、報われる」と自分に言い聞かせて、何事も早め早めの対応をしています。時に、時間を持て余してしまいますが、ばたばたと何事かを急いで行うよりは、早め早めに、ゆとりをもって対応するようにしています。

このような旅の中で、いつも感じていることですが、こんな私よりもいつも先回りして配慮してくださる方がいらっしゃるのです。 私の小さな一喜一憂を超えて、すべてを良いように計らってくださる方の手を感じるのです。今まで、大きな計画の変更を迫られることはありませんでした。お天気が悪いことは避けられませんでしたが、おおむね予定通りの日程をこなすことができました。

これを言い換えると、神さまは「いつも先取りなさる方」です。私の思いや計画を超えて、いつも先に先にと配慮し続けてくださる方だと思います。

さらに言い換えると、神さまは、いつも、私たちが願うより先に、まず私たちを愛し、ゆるしを与えられる方なのです。

神さまの愛はいつも私たちの先をゆくのです。

 

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