2017年07月31日の心の糧

愛でる

湯川 千恵子

今日の心の糧イメージ 「愛でる」というテーマを見たとたん、私をこよなく愛してくれた祖父を思い出しました。祖父は明治1桁生まれで田舎の町長も勤め、誠実で頑固な人でしたが、私を目に入れても痛くないという風に可愛がってくれたのです。

それは生まれて1年も経たない内に父を亡くし、母も東京の実家に帰ったので、残された孫娘を哀れんでのことでしょう。

家長である祖父の絶対的な庇護の元で私は何不自由なく我が儘に育ち、祖父には心配ばかりかけました。小学生の時、大雨の翌日、厳しく止められたのにこっそり川に泳ぎに行って流され、危機一髪で助けられた夜、祖父は私の体に怪我がないかを調べただけで、一言も叱りませんでした。そんな祖父に子ども心にもすまない気持ちになったのが忘れられません。

高校時代も登校拒否で閉じこもり、死にたいと言い出したり、結婚のことでも心配をかけました。しかしいつも私のためを思って諭し、慰めの手紙をくれました。

兄が結婚して家業を継ぎ、私も結婚した2ヶ月後、祖父は84歳で天に召され、私は心の拠り所を失った寂しさを味わいました。

ところが、キリストの教えに触れ、命の源である神の存在に目覚め、夫と共に洗礼を受けて神の子となったことから、私は新しい確かな心の拠り所を得たのです。

それは祖父の私への愛を超えた、より深い、普遍的な神の慈しみに満たされる喜びの体験です。神は、私たち一人ひとりをありのまま、かけがえのない存在として無条件に愛して下さっているのです。

私はこのすばらしい恵みを100パーセント素直に受けて、満ち足りた気持ちで日々感謝して暮らしたい。

そして私で出来る事で何かお役に立ちたいと願っています。

2017年07月29日の心の糧

愛でる

小川 靖忠 神父

今日の心の糧イメージ 語彙が豊かな人にとって、春の季節の自然界は、詩にしたり、俳句に詠んだりする格好の題材ではないだろうか。心も体も躍動感を感じてしまうのでは・・。

辞書で「愛でる」を調べると、「美しいものを見て、一時他のことを忘れて楽しむ」とある。つくづくそのものを眺めながら、そのものの気持ちに浸ってしまうのであろうか。

どこの国でもいえることであるが、他者に誇れる自然の景色、宝物等がある。もちろん、日本においても。

そもそも日本人は、昔から「三」にこだわってきたという。神話の時代から「三種の神器」が権威の象徴であった。江戸時代には、「御三家」が力を発揮し、高度成長期には「新・三種の神器」がもてはやされた。こうした日本人の「三好き」が生み出した「三大○○」が多くの分野で存在する。

その中に、日本三景」がある。江戸初期の儒学者林羅山の三男・鵞峰が「丹後天橋立、陸奥松島、安芸厳島、三処を奇観と為す」とその著書に書いたのが日本三景の始まりとされている。

現在でも、多くの人びとが訪れる場所である。現場に行って景観を楽しみ、感動する。一方で、その景色を維持すべく裏方の働きを忘れてはいけないだろう。マツクイムシの予防と駆除、白浜の浸食に伴う地形の維持、自然災害からの修復再建等。

わたしたちが、目の前に展開される絶景を見て愛でるのは、自然の賜物があってこその恵みであるが、さらに、わたしたちとは違った形で、自然を愛でる裏方さんたちの存在が、わたしたちの愛でる豊かさを増してくれる。

そして、わたしたちは身も心も健やかに、晴れ晴れとして、人としてもより豊かになっていく。神が望む自分を心して、・・。


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