2017年07月19日の心の糧


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先取りする

崔 友本枝

今日の心の糧イメージ カトリックの司祭は「独身」です。このことは「天国の先取り」だと私は思います。聖書に「死者の中から復活するときには、めとることも嫁ぐこともなく、天使のようになるのだ」(マルコ12・25)とあるからです。司祭はこの地上にいながら、すでに天の国の生き方を始めているのではないでしょうか。

私が尊敬するあるご高齢の司祭は、目立たないのですが、実は大変に頭の切れる方です。ミサのお説教をすると鋭い聖書解釈をなさいます。多くの信者さんは引退なさっていると誤解していますが、見えないところで素晴らしい働きをされています。たとえば、「ゆるしの秘跡」という罪の告白を聞く、司祭にしかできない仕事を多くの人になさっていますし、困っている人がいるとすぐに駆けつけて必要な助けを与えています。肉親の死を目前に控えて悲しむ人がいると何度も病院に足を運ぶこともあります。私も神学を勉強している時に、お祈りをしていただいた上に、奨学金を出していただきました。就職してから返済を始めましたが、ある日、「もういいですよ」と電話がかかってきました。驚いて泣きながら「いいえ、最後までお返しします」と言うと「では、他の人に何かしてあげてください」とおっしゃいます。それで、私は時々食事代に困っている人と一緒に食事をすることにしました。

神父様は豊かなご家庭で育ったのですが、司祭になってからは、喜んで貧しい生き方を選んでおられます。それに、いつも心に余裕があってユーモアがあり、幸せそうです。このようなお姿は、全く善良で愛そのものである天のお父さん、つまり神さまのお姿を見ているかのようです。

「天国の先取り」とは、この神父様のような生き方だと思います。