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自分らしく

湯川 千恵子

今日の心の糧イメージ

キリシタン大名として知られる高山右近が亡くなって400年、その人徳と聖性により、カトリック教会の福者として顕彰される事になりました。

私は右近の生涯について余り知らなかったので、この機会に彼の伝記を読みました。

右近は10歳の時、父上の影響で洗礼を受け、21歳の若さで父の後を継いで高槻城主となりますが、世に言う「和田惟長事件」で、正当防衛ながら主殺しの罪を犯し、また主君・荒木村重がその上の主君・織田信長に反逆した事で、武士の忠義について悩み苦しみます。

そして全身全霊で神に祈る中で愛と真理の光を受けて神の正義と慈しみを体得し、キリストに倣う者として大きく成長します。

『万事を超えて神をご大切にすること。それは自分の隣人を自分のことのように思うこと。そうでなければキリスト者とは言えません』と、領民のために血の通うまつりごとを実践します。

千利休との出会いは、右近を茶の湯の世界に導き、やがて右近にとって茶室は神の声を聴き、我欲を捨ててみ旨に従う祈りの場となりました。

そんな右近は禁教令にも外国追放令にもめげず、神の愛を信じて全てを受け入れ、追放地フイリピンで亡くなりますが、彼の神と人への深い愛と情熱は「天国の幸せ」即ち、神の命と共に永遠に生きる幸せとなって報われました。

時代も全てが異なる現代に生きる未熟な私ですが、高山右近と同じ信仰をいただいて居ることを感謝せずにはいられません。困難に出遭い、涙ながらに祈る時、キリストは右近に注がれた光を私に注いで慰め、力づけ、導いて下さいます。平凡な毎日を神の慈しみに感謝して生きる喜びは、信仰の偉大な模範である右近とも、キリストに繋がる兄弟として響き合う気がするのです。