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2人3脚

服部 剛

今日の心の糧イメージ

私が幼稚園生だった頃の運動会で、初めて父と2人3脚をした時の感覚を、今も覚えています。身長も歩幅も大きく違う父と幼い私の足は布で固く結ばれ、ぎこちなく歩きながら、心の中で私は、〈一人で歩いたほうが楽なのに・・・〉と思ったものでした。

幼年期から親との関わりを自覚し始め、学校で友と過ごし、社会に出て、やがて家庭を持つ、という自分の人生の歩みを振り返れば、今までに無数の<2人3脚>の場面があったことに気づきます。そして、これからも<2人3脚>の感覚を深めて日常を歩む時、同じ方向を向いて歩もうとする2人の間に、眼には見えないイエスの御心は働くでしょう。

結婚生活も<2人3脚>の歩みであり、全く違う環境で育ってきた2人が1つ屋根の下で暮らすわけですから、夫婦の絆が育まれるまでの間には、ぎこちなく歩む日々もあるでしょう。ですが、共に生きていく上で、お互いの協力は必要不可欠です。私の妻は姉さん女房なので面倒見がよく、日々助けられる場面は多いのですが、それでも、精神的な部分や、時に妻の苦労話に耳を傾けることで、お互いの存在が必要なのだ、と感じます。そんなとき、目には見えない神様は、私達夫婦をそっと見守りながら、歓びのまなざしを注いでくださっている気がします。

人間にとって本当の孤独とは、誰からも必要とされないことであり、夫婦に限らず、この世にたった1人でも自分を必要とする誰かを見出すとき、人は孤独から脱却し得ると思うのです。

もし、心からイエスに祈り続けるならば、今日という日に出逢う誰かの中に隠れているイエスを見出すでしょう。その瞳は無言の内に、言葉にならぬ想いを語っています。〈私はあなたと共に歩きたい・・・〉と。