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人生の教訓

堀 妙子

今日の心の糧イメージ

母の人生の教訓は「ダメなものはダメ」から始まった。

どの母親でもそうだと思うが、娘の幸福な結婚を人一倍願っていた。母は敬虔なキリスト教徒として人生の後半を生きたけれども、はじめは占い師を信じて、当たると言われれば山奥の占い師の所にも出かけて行った。

私が高校生の頃から、よい縁談に恵まれるようにと占い師を頼りにした。父も働いているし、母は書道の教師をしていたので、自由に家を改築する収入があった。ある時は玄関の位置が悪いと言われ、南向きの玄関を西側に移動した。私が適齢期になると、西向きの玄関はよくないと別の占い師に言われ、南西を向いた玄関になった。そのうちに、私の部屋の位置が悪いということで、西側の玄関を部屋に改築し、玄関を移動した。

私は婚約もしたが、立ち消えになった時には、母は肩を落とした。

いつもわが家は玄関や部屋の間取りがよく変わった。訪れる人は家の周囲を回って玄関を探し、家の中の様子も変わっているので驚いていた。玄関はどこになったかと電話で確かめて訪れる人もあった。そんな母も何度も玄関や部屋を変えても「ダメなものはダメ」と言い、私がキリスト教の信者になった頃から、結婚については何も言わなくなった。

その代わりに内気な弟が美しい女性と結婚をし、可愛い子供が4人誕生した時には、「まとまるものは、まとまる」と母は思った。「ダメなものはダメ」、「まとまるものは、まとまる」という2つの人生の教訓を経たあと、母の心に神の光が射しこんだ。母が頼りにするのは聖書のみ言葉に変わった。

「山は移り丘は動いても、我がいつくしみは変わることなし」(参 イザヤ54・10)

母が遺したこの書を見ると、私が母の願いを叶えらなかったことは切ないけれど、私の最高の理解者だったと思う。