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心を開く

古川 利雅 神父

今日の心の糧イメージ

「これ、はい、あげる、ドングリ。」。園庭で拾ったドングリが園児の小さな手のひらから、そっと私の手のひらの上に。

運動会の練習を見守っていたら、小さな子がそっと私の手を握って、一緒に応援。

子どもたちが心を向けてくれた、ふとした出来事。

私たちの心は、外から見ることはできないけれど、小さな存在が私に目を留めて、心を向けて、大きな窓を開いてくれた。そんな素敵な姿が、子どもたちの可愛い仕草に表れている、隠れているのかも知れませんね。子どもたちに接したのは、ほんの短いひと時ですが、長い間、心を暖めていただいた様に思います。

心を開く。私たちはどの様なイメージを持っているでしょうか。 南米の若い聖人、ロス・アンデスのテレサの日記に、こんなエピソードが綴られています。

「先生のシスターがお菓子をお配りになった。私には小さいのをくださったので、口惜しくなって捨ててしまった。シスターは後からもう一つくださろうとしたが、受けとらなかった。よいイエス様こんなに卑怯な私をどうお思いになりますか?ゆるしてください。この次はもっとよくいたしましょう。」

若い彼女が、目に見えない神様に向かって、率直に自分の心を打ち明ける、自分の心を開く、そんな姿が目に浮かんできます。

心を打ち明けられる存在、心を開くことのできる方と、心を通わせることは、かけがえのない大切な時なのでしょうね。きっと。

その方はお友達かもしれません。ご家族かもしれません。テレサの様にイエス様かもしれません。人によって様々ですが、そんな方に受け止められながら、今度は誰かを受け止めながら、ともに歩んでゆく。

心を通わせる時を大切にしながら、今日という一日を大切に歩んでゆければと思います。