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勇気を持って歩む

岡野 絵里子

今日の心の糧イメージ

「勇気がある」とは、思い切って大胆な行動を取った人や、未知の領域に挑む冒険家に対する賞賛の言葉のようである。それが間違いだとは思わないが、本当にそれだけだろうか。勇気とは、むしろ普通の人が普通に生きる、日常の中に秘められているものではないだろうか。

我が家の次女が、会社の研修で、或る人気のレストランで働いたことがあった。白いシャツを着るのが決まりだったが、或る日、持ち帰ったシャツを見て驚いた。左袖に、黒く焦げた小さな穴が沢山あいていたのである。

多くのレストランと同じように、そこでも、希望するお客様にはバースデイケーキのサービスをすることになっていた。その晩、いつものように音楽を流し、照明を暗くして、娘がケーキを運んだ時、華やかに火花を散らすタイプのキャンドルが、火花を散らし過ぎた。だが、火の粉が腕に落ちてきたからといって、従業員が騒ぐわけにはいかない。彼女は何事もなかったかのように、皆で声を合わせてハッピーバースデーを歌った。娘が火傷の痛みをこらえ、人様の喜びを損なわないように、笑顔で歌っていたのだと知って、私の胸にも、沢山の小さな穴があくようだった。

でもそれは、彼女の静かな勇気だったのだ。彼女の中に、いつからそんな力が宿っていたのだろう。気がつかないうちに成長していた子どもは眩しく見えた。

勇気とは、強い者に向かって行く意志である。最も手強い敵は、自分自身の中にいるのだ。彼女のように、自分と戦いながら、静かに義務を果たしている人は大勢いることだろう。世の中の幸福は、こういう無名の人の勇気に支えられているのではないかと思うのである。