弟は「ぼくの牧場」と言って、「羊飼い」ならぬ「ヒヨコ飼い」だった。ある日、弟が庭にアミの柵を出してヒヨコを遊ばせていると、野良ネコがやってきて、目の前で何羽かに飛びかかり、2羽を口にくわえて逃げていった。弟は泣きながら、建物と建物の狭い隙間を逃げていく野良ネコを追いかけていった。追いつめた先でヒヨコの無惨なありさまを見てしまった。弟はその夜から眠ると、かん高い声で叫ぶようになった。母は心配して弟を病院に連れていき、心のケアと同時に薬も処方してもらった。しかし、弟は半年ほど病院に通っても一向に治らなかった。
そこで母は一計を案じた。赤い厚手の和紙に砂糖を入れて折りたたみ、桐箱に入れて朱色の紐で結んだ。夜、弟を呼んで、「これはお母さんが中国の山奥に住んでいる仙人から頂いた特別なお薬です。これを飲んだらどんな病気も治ります」と言った。厳かに紐をほどいて桐箱の蓋をあけ、赤い和紙を開いて砂糖を弟の口に入れ、水で飲ませた。すると弟は「ふらふらになって、眠くなった」と言った。その日を境に弟は夜叫ばなくなった。母は弟が暗示にかかりやすいと別の心配をしたが、そのようなことはなく、今、弟は成人した4人の子供の父親となった。若い母親の愛を信じて、瞬時に治った弟のことをなつかしく思いだす。