▲をクリックすると音声で聞こえます。

なつかしい

湯川 千恵子

今日の心の糧イメージ

7月下旬の晴れた朝、庭の木から突然、シャーシャーと蝉の鳴き声が聞こえてきました。おお!久しぶりに聞くクマゼミだ!その力強い鳴き声を聞いたとたん、生まれ育った南国土佐の真夏の日々が私の脳裏に色鮮やかに蘇り、懐かしさで一杯になりました。

というのは、梅雨が明けて夏本番となると、朝早くから築山の松の大木でクマゼミの大合唱が始まって、それはもう頭の芯にまで降り注ぐ賑やかさだったからです。夏休みで帰省した兄や従兄弟たちで賑やかになった我が家の夏は、そんなセミの鳴き声に包まれていました。盆踊りの稽古太鼓が聞こえ始めると、子どもの私たちは胸を躍らせてその日を待ちました。その太鼓の音もなつかしい思い出です。祭りが終り、太鼓の音がパタッと止むと、夏休みも終わりだ・・・と寂しかったものです。

子ども時代に食べたものも、なつかしいものです。私にとって土佐の「皿鉢料理」はその代表です。冠婚葬祭を自宅で行っていた昔は、「皿鉢料理」も親類の女性たちが総出で手作りし、大広間にずらりと並べて宴会が始まりました。「鰹のたたき」にふんだんに使われた「青じそ」は、なつかしい土佐の夏の香りです。

そして最高になつかしいのは、身近な家族や親友、そして恩師たちの思い出です。その何人かは既に天に召されてこの世にいません。だから余計切なく、なつかしいのです。お世話になった人たちに何も恩返しが出来なかった事を悔いて彼らのために祈る時、胸の奥に感じる平和な安らぎは、懐かしさに満ちています。

その不思議な懐かしさ・・・、それはいのちの源、魂の故郷への郷愁なのかもしれません。愛し、愛された人々と共に、神さまの愛のみ手に包まれて生きる天国の永遠の幸せを願わずにはいられません。