電話口に出た奥様の「主人は先月亡くなりまして・・・」という言葉に、「お線香をあげに伺いたいのですが」とお願いし、奥様を訪ねることにしました。初めて自宅に伺い、仏壇の前で合掌した後、独りで暮らす奥様の話を聞いていると、長年連れ添った夫のいない寂しさが伝わってきました。
帰り際、奥様は門の外まで来て、「ご主人のような詩人になれるよう精進します」と、奥様の手を両手で強く握ってから歩き出す私を、姿が見えなくなるまで見送ってくださいました。
この後、思いがけない詩人の先輩方との出逢いが生まれ、〈あの日から何かが始まった〉と感じます。
時折、奥様にお会いしては想い出話を伺うようになったある日、「この鞄は詩人の集まりの際、いつも使っていたものです」と、茶色い革の鞄を大事そうに見つめてから、私に手渡しました。鞄を受け取った時、私の胸には何とも言えない懐かしさが広がりました。
それからというもの、私は在りし日の詩人の想い出が詰まったその鞄に何冊もの古い詩集を入れて、出かけることにしています。
その人の息遣いを感じながら。