ある司祭が数年前からガンを患っていた。急に病状が悪化して亡くなった。遺体は修道院のチャペルに安置された。突然だったので、私が受付を頼まれた。多くの司祭や修道者が遺体にお別れに来た。
夕方になるとその修道院の司祭が帰ってきたので、私も帰途についた。しばらく歩いた後で、一人の司祭に伝言を頼まれていたことを思い出し、また修道院に引き返した。
帰って来た司祭はチャペルでミサを献げるところだった。話しかけるわけにもいかず、私もミサに与った。ミサを挙げる司祭一人、遺体、そして私。ロウソクがゆらめくほのぐらい空間だったので、イエスが入ったお墓もこんな感じかなと思った。
ミサの中で祭壇の前に安置してある遺体は、今、一時停止しているのだ。まもなく遺体は天国行きの飛行機に乗って離陸していく。司式している司祭は空港の管制塔で指示を与える管制官のようだった。
イエスが復活したあと、お墓の上に天使が二人座っている絵をよく見るが、ミサが終わると、私は天使のような気持ちになった。復活する光景を目の当たりにしたような気がしたからだ。
私には、どのように死が訪れるのかはわからないけれども、いつかは天に向かって離陸する時が訪れる。
空の手で荷物はなし。ただ、パスポートには「愛」のスタンプだけがベタベタと押してあればいいなと願っている。