2015年10月17日の心の糧


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岐路に立つ時

越前 喜六 神父

今日の心の糧イメージ わたしが人生の重要な岐路に立ったのは、18歳で旧制の中学校、そして新制高校を卒業した時でした。両親も亡く、実家も敗戦後の困窮の中で必死になっていたので、10人兄弟の末っ子のわたしはどうしたらよいのか、真剣に悩みました。その時、信州で出版社を経営していた兄がわたしを引き取ってくれました。そこでわたしは、いろいろと教えられながら、雑誌の編集や書籍の企画・出版・販売などの仕事を一生懸命していました。

そのうち東京の神田で出張所を開くことになり、所長として派遣されました。戦後の東京はまだ貧しく、みな質素でした。けれどもさすが神田です。出版社も取次店も大学も古本屋もありで、貧しいながらも、文化的な雰囲気が漂っていました。職業柄、編集長としてジャーナリストの端くれでしたので、当時の学者やインテリや、著名人の先生方は、みな親切にわたしの面会に応じてくれ、原稿も書いてくださいました。ですからそれなりに充実した楽しい時期でした。

けれども、自分自身の将来を考えたとき、何がわたしのライフワークであるか分かりませんでした。考え抜いた末、自分自身に合ったライフワークとは、修道会に入って、一生修道者として生きるか、学校の教師になるか、ジャーナリストの仕事を続けるかの選択肢しかないことが分かりました。けれども、出版社を続けるには資本がない。学校の教師になるには、大学に進学しなければならない。これにも資金が要る。

残ったのは修道者になることですが、それには修道会の上長に面談し、適正の有無を判定され、受け入れられる必要がありました。そのテストが、大学に入学して、2年間のラテン語の学習に合格することでした。これがわたしの人生の岐路を決めた瞬間でした。