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まわり道をしても・・・

湯川 千恵子

今日の心の糧イメージ

日課の夕方の散歩を、いつもの自然公園ではなく近所の大通りの裏道を歩いてみました。すると路地の玄関先に並べられた鉢植えの花が咲き終わって季節の移ろいを感じたり、顔見知りの人と出会って、立ち話の中で共通の友人の消息も知りました。またパン屋が店じまいしていたり、逆に小さな喫茶店が開店していたりして、何かしら新しい発見や世の移り変わりを実感しました。 

人生の旅も、たまには回り道も良いものです。何かに失敗して失意の日々、生き辛さを感じる時など、ちょっと旅に出るなど、生活環境を変えてみるのは良いことです。 

以前評判になった「赤毛のアン」の少女アンが度々言う言葉があります。「いま曲がり角にきたの。曲がり角を曲がった先に何があるのかは分からないけど、一番良いものに違いないと思うわ」 

この言葉を聞くと、私は信仰の大先輩がしみじみ語った次の言葉を思い出すのです。

「神様は、その人が耐えられないほどの苦しみは決してお与えになりません」

つまり今の苦境はその人を鍛えるための試練、そう前向きに受け止めると、行き詰まりと思える道の先には、その人に一番良い人生への道が用意されていて、今の苦難を乗り越える力も既に与えられている・・・という希望のメッセージです。

実際、八方塞がりと思える暗闇のどん底に落ちても、どこか一角は開いているものです。一条の光を頼りに歩んでゆくと、様々な人との出会いがあり、新鮮な空気や景色、多様な生き方を知り、心にゆとりも出来るでしょう。そして他を思いやる柔和な優しさや寛容の心、ユーモアのある人徳が備わってくるのではないでしょうか。

 

こうした人徳は、挫折を知らず、順調に出世コースを一直線にひた走ってきた人たちには見られない薫り高い勲章のようなもので、人生の宝だと思います。