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キリスト教との出会い

森田 直樹 神父

今日の心の糧イメージ

初めてキリスト教に興味をもったのは、小学生の時だった。

お寺の幼稚園に通っていた私は、教会の幼稚園に通っていた友人に「キリスト教って何?」と聞いてみた。友人は、おそらくクリスマスに降誕劇を体験したのだろう。「大天使ガブリエルがマリアのところにやって来て『イエスが生まれる』とお告げを受けて...。」と説明を始めた。あまりにもカタカナの名前が続くので飽きてしまったのを覚えている。

初めて教会に出かけたのは、クリスマスを目前にした頃、小学校四年生の時だった。我が家でもクリスマス会をしてほしい、と母に願ったのだが、「クリスマスか、お正月か、どちらか選びなさい」と言われていた。月々の少額のお小遣いとは違って、お年玉は年に一度の子どもにとってはボーナスだったので、収入が大幅に減ることを恐れた私は、迷うことなくお正月を選んでいた。

とはいえ、クリスマスパーティに興味があり、友人に頼んだように記憶している。キリスト教ではないこの国で、世間一般が行っているパーティーよりは、教会でのお祝いは、はるかに大きなお祭りだから、さぞ豪勢に祝うに違いない、と勝手に思い込んでいたのもあった。

教会に着くと、自己紹介をした後、ゲームをして遊んだ。ところが、待てども待てども、豪勢なパーティーは始まらない。それどころか、食べ物のにおいすらしない。数時間が過ぎて、会はお開きになってしまった。小さなお菓子の袋をもらって家路についた。正直、何か肩透かしをくらったようだったが、どうやら、私が思い違いをしているらしいとわかった。

 

そして、中学生になって、カトリック学校に入ることになり、反抗しつつもキリスト教に面と向き合うことになる。

神さまとの出会いは、実に不思議で巧みである。